思い込みの塔

「むかし住んでいた家の自分の部屋は二階でその窓からはちょうど赤と白の電波塔が見えていた。地方に住んでいたくせに私は色と造形からその塔を東京タワーと思い込んでいて、ディズニーランドは千葉にあるのに東京と頭につくように、この塔も東京にはないけれどきっと東京タワーなのだと信じてやまなかった。当時の自分の世界は縦には広く横には狭く、テレビで見る象徴は、すべて自分の近くにあると思っていたのだ。だから、漫画やアニメで見たようにいつか使い魔が現れて自分も魔法が使える日が来ると思っていたし、異世界に繋がるほら穴は街のどこかに絶対にあると思っていた。ただそれでも毎日触ることができる現実にはいやに敏感で、ほんとうはピンクが好きだったけど自分の肌やキャラクターに馴染まないことは誰よりも知っていたから、質問には青が好きと口に出して言ってみたりする。すると言葉は呪いだから口にしている途中でピンクが好きだった頃を忘れてしまったりする。白い食器や、やわらかなひだまり、不純な混じりのない美しいものだけを周りに置いて生きてみたいけれど、それらが世のいいといわれる周波と合っていたって自分の周波とはあまり合わなくなってくる。いつか身体から離れることを知っている。怖くていびつだったりするものを集め、これが完成形だと作り手の元を離れたもの、それに対する気持ちの切りの良さを感じて、ひどく安心するのだった。」

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静岡で落語 前

ある日テレビを観ていたら笑点特集をしていた。

落語を好きになり始めたのはここ最近のことでこの人の噺はいいな、と初めて思ったのは5代目三遊亭圓楽師匠(笑点司会としては4代目)。

ふだん過ごしていて常々思うのは、好きなものはぜひとも生でみたいということでそれは落語についても同じくだったが、寄席を探した時に初めて、圓楽師匠はすでにこの世にいないのだと気づく。この話はそれくらい最近のこと。

 

テレビの話に戻ると、メインは歌丸師匠の話で、その頃から歌丸師匠は身体の調子がもうギリギリのところじゃないか、という感じでそれこそ6代目円楽師匠の毒舌についても正直このまま笑っていていいのかしら、と余計なお世話なりに思ってしまうほど。(ご本人としては、そのままやればいいとのお話だったが)

その時ふと、5代目圓楽師匠の件を思い出したので横目でテレビを見ながら、手は歌丸師匠が出演される直近のイベントを探していた。

 

近場でいえば大阪・森ノ宮で毎年行われる東西特選落語会があったが人気なようで既にチケットは売り切れ。しかし今行かねば、と思う気持ちは止まらず予約したのは静岡・浜松で行われる東西名人会だった。

予約ボタンを押した瞬間からわくわくが止まらず、その日から毎晩寝る前に師匠の落語をききまくる。

 

さていよいよ出発日、翌日もお休みだったが日帰りとして、夜行バスで行き、翌日の朝に着く。行きの到着地点は沼津港。

計画としては朝ごはんを港の海鮮丼として、お昼は富士山の見える温泉に入浴しつつ、その後開演までの時間をどう潰すか考えよう、というもの。

  

沼津港の周りをうろつき、良さそうなお店に入って、早速丼を頼む。朝から食べる海鮮丼はひじょうに贅沢な気持ちにさせてくれた。

その日は確か水曜だったので、私以外にお客さんは誰もおらず。

GWが終わった翌週くらいだったので、お店の人ものんびりと構えてらっしゃったのがなんだかとても心地よい。

 

深海水族館にも興味があったが今回はやめ、そのまま港を後にし向かった先は御殿場。目的地はいよいよ富士山が見える日帰り温泉

下調べしていた情報によると駅からシャトルバスがあるとのことで駅からバス停に向かって歩く。そのまま待つこと15分ほど。

 

さてアウトレット行きのバスは何度も来るが、希望するバスは一向に現れず。

嫌な予感がしたので駅員さんに聞いてみると、土日のみの営業とのことだった。

タクシーであればすぐ着くとのことだったので、行き先を告げて乗り込んだ。

 

乗り込んだタクシーのおっちゃんは気さくな雰囲気でわたしに向かって喋り出す。1人?どうしてこんなへんぴなところへ?はぁ落語を聞きに、風流だねぇ、などと言いながらのんびりのんびり車を走らせる。山道は他に車がなく、静かな道のなかラジオの音とおっちゃんの会話を聞きながら進んで行く。が、途中メーターの値を見ておや、と思いはじめる。

 

「あの、すぐ着くとのことだったんですが、あと何分くらいですかねぇ」

「うーんと、いまやっと半分くらいだねぇ」

 

確かにそこまで遠くない道のりだったが、その時点でメーターは1500円の表示。

 

イメージだともう着いてもいい頃なのでは、とも思いつつ、着いた時には結局その2倍ほどの料金。ケチくさい気持ちになりたくないしこれが静岡の「すぐ着く」なのだと考える。申し訳なさそうになんかごめんねというお顔のおっちゃんには余裕です!と笑ってみせて温泉に入る。

 

(ちなみにくもりで富士山は見えず。

ありがとうございました。)

 

さて余裕ですね、と抜かした割に帰りも同じくタクシーで帰るとなるとうーん困ったなぁと思いながら、風呂から上がると畳が敷かれた大きな休憩室に私だけ。ということは独り占め。だらだらしていたらいつの間にか2時間ほど寝てしまう。その時点で午後3時くらい。すっきりしてフロントに行くと、えっお客さん何処にいたの休憩室で寝てた?もう誰もいないかと思ったら降りて来たからびっくりしたよ、ところでここへはどうやって来たの、と矢継ぎ早に言われたのでえっとタクシーで、と言うとええ、高かったでしょ!といわれ、あっやっぱり高かったんだ、と笑う。

 

帰りもタクシー乗ってくの、と聞かれあはは、歩いていけそうだったら下りだし歩こうかなぁ、と言ったらそれは...とのお顔をされたので、無理かと思った矢先に奥から別のおっちゃんが登場。一言、

 

「乗ってくかい?」と。

 

思わず抱きつきそうになったな、あのトトロみたいなふかふかしたお腹のおっちゃん。

というわけで御殿場駅までぴゅっと乗せてもらった。道中気をつけるんだよと言われお礼を言って、そのまま電車に乗りスムーズに降り。浜松まで乗り継ぎの電車をホームで待つ間、ようやく来た目的を思い出して落語に心と耳を貸した。

 

落語はものにもよるがひとつの噺で大体20〜30分ほどある。目の前を通る電車を見送りながら噺をきいているとようやく、これから生の落語をききにいくのだな、と思いにやにやしてきた。そうすると夢中になって乗るはずの電車も一緒に見送る。一回休み。約20分のロスタイム。

結局浜松に戻って来たのは開演10分前とぎりぎりの時間で、入って自分の座席を確認すると二階席の真ん中右端くらい。

 

会場に入って驚いたのは、今日、ほんとうに平日だよな?と思うくらいの満席。指定席は父親ほどの年齢のサラリーマンと、ご夫婦の間。

思わずきょろきょろと見渡すと、おしゃれしたおじいちゃんおばあちゃんがうれしそう。皆今か今かと開演をまちわびている。

 

この時点で既に、心にジンときたものだった。

 

 

 

(後半につづきます)

(といいつつ、まとまらないので気が向いた時にしれっとあげます )

 

 

 

 

山手線ゲーム テーマ:花の名前

いつかの飲みの席、元々4人ほどで飲む予定が私ともう1人の男の子以外皆遅刻になるとのことで、とりあえず先に2人で飲んでいた時の話、という感じのうそを言いますね。

 

その集まり自体久しぶりだということで実は正直行く前からなんか緊張してました。しかも、そのもう1人というのがこうして会うのは本当5年ぶり?くらいとのことで、5年なんてすごい歳月だから、さぞ話が盛り上がることだろうな、と思ったけれど、後から人が来た時に同じ話を何度もさせるのは申し訳ないな、とも思って初めは本当に当たり障りのない最近の話ばかりをして。
そうしているうちに30分ほど経ってまだ誰も来ず。目の前の彼は昔はそんなキャラでもなかったはずなんだけど、どうやらやたらと飲みたがりになっていて、2人で話してばっかもつまんないしなんかゲームして飲もうよ、なんていうもんで、私そういうのあんまりよくわかんないんだよね、と告げるとじゃあ1番簡単なゲームしよ、山手線ゲームとか!というので仕方なく2人でやり始めました。


言い出しっぺが負けるとはこのことなんですけど、国の名前、果物の名前、同じクラスだった人の名前、なんてものはすべて私の勝利でした。その度彼は大きめのビールジョッキを一気飲みしていったんで、なんだか申し訳なかったけどまだまだ!と言いながらヘラヘラ笑ってる。いたたまれなくなって、なんかあんたの得意なテーマはないの?と聞くとえ〜っとね、と考えるうちに一言、じゃあ花の名前はどう?と言ったんで、へぇ珍しいねそれやろうよ、と言って始まった山手線ゲームで私は彼に初めて負けました。
私が言ったのはせいぜいバラ、たんぽぽ、かすみ草、ぐらいのものだったんですけど、彼が言ったのは珍しいカタカナの名前ばかり、カーネーションとかスターチス、ベゴニア、アネモネだったか。

気になって、詳しいの?としっかり一気飲みした後に聞くと、彼はまあね、と言って飲む。その時やっと参加者であり今回の飲み会の主催者である友人がごめんごめんと言って合流した。
ひとまず乾杯したわりにビールを飲まずにで?と、彼に向かって彼女が聞くので、私がぽかんとしていると、あれ、てっきりこの時間で聞いてるもんだと思ったよ、なんて言うので何のことやら説明してよ、と私は聞いた。ここからはとっくに出来上がった彼が、ずっと我慢していたものを吐き出すように言ったこと。

 

いやさ、1年前くらいまで付き合ってた子がつい最近結婚したっていうのをFacebookで見ちゃって。もう未練ないと思ってたけど昔のこと思い出してマジでやるせないなぁと思っただけで。

 

そーなんだってさー。私もそれたまたま聞いちゃってさ〜そりゃ飲まなきゃでしょって言って、でも2人で飲むなんてなんか空気しんどいじゃん?で、共通の友達で近くにいるのって中々居なくてさ、久しぶりだし皆で飲もっかーってなって。さ、続けてどうぞ。と彼女はいう。彼はそのまま喋り出す。

 

えーっと、そうそう、大学から付き合ってたんだけどその子就活失敗したって言ってフリーターでアルバイト何個かしてたんだけど、それまで実家だったのが一人暮らしになったっていうから初めて家行った時にびっくりしたのが部屋に観葉植物とか、とにかく沢山花やらがあんの。ドライフラワー?とか。
こんな花好きだっけ、って聞いたらバイト先で帰りにいつも貰うからって。へー花屋でもバイトしてんだ、じゃあ花詳しいの?って聞いたら、彼女はうーんと困った顔をして、まだ全然わかんないけど、辞典買ったからって分厚い本出してくれた。そうしてるうちに他のバイト行かなきゃって彼女は家を出た。
彼女はほとんど夜はバイトで家に居なくて、俺はそのまま家居ていいからって言われてそれが段々普通になった。
彼女は深夜には帰ってきてくれるけど、それまでの時間俺は何するでもなくテレビ見たりして。でも毎日1人でそうしてるのも飽きてきてて。まだ鍵預けられてないから一旦入ったら出れないし。そんな時、ワンルームの家には多すぎるだろってくらいの草やら花やらがまた気になりはじめてしょうがなかった。
しかも彼女が最近世話きちんと出来てないんだよねって言ってたんだ。そこで、別に直々に頼まれたりしたわけじゃないけど、それからは俺が代わりに毎日毎日、花瓶の水替えたりたりしてた。やってるうちに愛情もこもってくるもんだよな。上手く育ったら喜んでくれるかなーとか。分厚い辞典でその花の名前も調べたり。
彼女が花持って帰ってくるのもなんか楽しみになってきて、花瓶も買って行ったりしたり。


つって、あんまり長くなるのもアレだから簡潔にいうと、彼女花屋でバイトなんかしてなくて、水商売してた。んで、ずっとおんなじ奴から、花とか、貰ってたらしいんだ。今となっちゃ別にどうでもいいけどね。でも結局そいつと結婚したんだってウケるよな。もうそんなバイトしなくていいようにしてあげたいって、ずっと言われてたらしいんだ。なんつーか大人大人。大人か?いや大人だな。

だってその時の俺はそんなこと気がつきもしなかった。ただある時、花の辞典見てる時に気がついたんだ。家にあった全部の花の花言葉がスゲーの。愛のめばえとか、気持ちに気づいてとか、真実の愛とか。
最初舞い上がったよ。俺のことかなって。でもなんでもっと早く気がつかなかったかな、余って持って帰ってくるわりには綺麗に包んであるのをあえてクシャっとさせた感じだったし、でもたまーにしわくちゃのリボンとかシールが部屋の中に落ちてたりすんの。指摘したらリボン結ぶの下手で練習してるんだって、まぁウソだったんだろうけど。


で、結局なんで別れたかって、そもそも帰りが遅くて、最後の方なんていっつも酒臭くてさすがに感づいたんだ。気づいちゃったらやっぱり、なんかちょっと嫌だったから言おう言おうと思ってよし今日!と思って彼女の家に行った日。その日玄関入った瞬間、彼女がはいって俺に花を渡してくれたんだ。いつもと違って、綺麗にリボン結んであった。え?って驚くと今日バイト入れてないからって。なんで?って、思いも寄らなくてびっくりして何も言えなかった。けど、彼女は今ご飯作ってるからって言って台所に戻ったけどすぐごめん、ちょっとスーパー行ってくるといって外に出ていってしまった。

 

こっからは超女々しくて申し訳ないけど、いつもの癖で調べたんだよな、彼女がくれた花はダリアなんだけど、ネットで調べてすぐ目に飛び込んで来た花言葉は裏切りだとか移り気だって。意識してないにしてもなんか超ウケたよな。あーなんか伝えたいのかなって。他に好きな人できたってこと。いやどんどけネガティヴだよって話だろ。
でも1番何がウケるって、後で気づいたことにはほんとはその日俺らが付き合った記念日で、彼女は実はいつもの感謝の気持ちでくれたんだって、その花。
でもなんかその時俺はたまんなくてそのまま外出ちゃったんだ。
その後何回も何回も彼女から電話が来たけどなんかもうどうでもよくなって。
でもやっぱり気になって、その後共通の友達に聞いたらもうあの子彼氏居るからって。そういうわけ。そういう、そういう。


そこまで聞いて、ようやくもう1人がごめん仕事終わるの遅くて!と合流した時には彼はもうべろんべろんで、これまで何の話してたのってその子がどれだけ聞いても彼はもう話すことも難しそうだった。

結局その日は夜も遅いしもうみんな飲めない、となってしまってゆるやかに解散

最後に彼が、俺らは結婚遅そうだなぁなんて笑った。一緒にすんなバカ、といった主催者の女の子。

ふたりはあの後付き合ったそうだ、と、 風の噂で最近聞いた。

 

 

それでも花屋でダリアを見ると、時々この話を思い出すことがあるよ。

 

ダリアの花言葉:華麗 優雅 感謝 裏切り 移り気

 

 

夏の夜初めての系統・その後

忘れないように書き残していたものを見ればそれはもう7年前のことになる。その年の夏のはじめ、朝まで遊んだ帰り道私は自転車が撤去されていることに気がつく。その時は眠すぎてまぁいいやと思い一旦家に帰りそのまま爆睡、夜はバイトの予定があったが取りに行く暇もなく(言わずもがな家を出る時間のギリギリまで寝ていた)、いつもは12時閉店1時くらいあがりのところ終バスに間に合うように、とその日は夜11時ごろにはあがらせてもらって、着替えて急いで調べた通りのバスに乗る。

初めて乗る系統のバス。

中心街から乗り込んだため時刻の割に乗客はわりと沢山、すこし狭い。ただ私は当時北の方に住んでいたので、彼らが道中どんどん降りていくことを知っている。このため今の狭さだってすぐに収まる。びくともしない。案の定、空きができ始め、私が降りるバス停まではまだ時間があるので最近買った本を鞄から出す。読みながら、バスに身体を預けようと思ったのもつかの間、車体が突如ぴたりと止まりバスの運転手さんが一言。

 

ここで終点となります。

 

開いた本をあわてて閉じる。え?どういうこと?

その瞬間ゾロゾロと降りて行く他の乗客の様子にひとまずついて行くが、頭はまだ納得いかない。それと同時に、運転手さんにこのバスは何処そこへは止まらんのかね、と訪ねるおばあちゃんの声が車内で響く。

すみませんがこの系統の終バスはこの地点までしかいかないようになってるんです。説明する運転手さん。

今思えばあるあるの京都終バスの落とし穴。それは見落としたおばあちゃんと私が悪いわなぁ。

そのままおばあちゃんが聞いていたことには、もう少し先に行くと、またお金はかかっちゃうんですけどそちらの方面のバスがまだ残ってますから、とのことでそれは偶然私も行きたかった方面だった。その当時タクシーに乗るなんて学生身分の私には想像もつかないことで、何より二度かかるバス代だって惜しいくらいだ。

仕方なくそのおばあちゃんの後につき、そのバス停に向かい表示を見る。

 

そのバス停の終バス:23時19分くらい
その表示を見た時の時間:23時27分くらい

 

こりゃあ、何が何だかわからなくなってきたぞ。そこで、ようやくその場を見渡すと、左には先のおばあちゃん、そして右にはいつからいたのか、見知らぬ大学生風の男の子2人が立っていた。

4人の気持ちはきっと、というか当たり前だが夜も遅いしとにかく早く家に帰りたい。この意見に一致していたに違いない。

そこで思わず私は双方に声をかける。もしかして帰る方向一緒じゃないですか?さっきの終バス、自分たちの行きたい場所でとまると思いましたよね?頷く3つの顔。あ、やっぱりそうですよねアハハ、結構目的地まで遠いんですけどこれからどうします?

 

そこでしびれを切らしたのがおばあちゃん、わしゃもうタクシーで帰ろうと思っとるんでよかったらみんなで乗って帰らないかと。えっいいんですかおばあちゃん、言い終わる前に彼女の手はタクシーを止めさぁ早く乗んな乗んなと私達を促す。走り出すタクシー、車内ではあんた達まだ学生だろう、お金は置いとくからお兄ちゃんこの子達を連れてってくれないかと告げるおばあちゃんの声。2度目のえっいいんですかの声も聞かず、彼女は颯爽と扉を閉めひとり先に帰路につく。

 

さて残された私と2人の大学生はどうやら全く同じバス停で降りたかったことが判明し、その場所まで一緒にタクシーで向かうことにした。

道中話したことには、2人はどうやら2回生のようで(私は当時1回生の18歳)1人は千葉から遊びに来たから名前は千葉としよう、もう1人は徳島から京都の大学に入り今はこっちでひとり暮らしをしている、こちらもそのまま名前は徳島とする。そんな千葉徳島と他愛もない話をしているうちにあっという間にタクシーは目的地へ、ちなみにお金もほとんどぴったりと足りて本当におばあちゃんありがとう、と思いながら3人はタクシーを降りる。

降りてみて、さてこの後どうしよっかなんていう関係でもない、そういえばさっき知り合ったばかりだけれど、なんだか名残惜しくなったのは私だけではない、となんだか思いたくなってしまって、夏だから、という理由で私は彼らにせっかくだから花火しませんか、と何がせっかくなのか全くわからないのだけどせっかくだから持ちかけた。

すると千葉ボーイは適当な身振りでおっいいねぇ、なんて言うから徳島ボーイはえっ、マジかよと驚いて言い、気がついたら私達は近くの大きな公園で花火の袋をガサゴソとあけていた。

 

花火をしながら話したことなどを当時の私はこのように綴っています。

 

ちなみに花火は千葉が買ってくれました。

千葉と徳島は幼稚園からの幼なじみだとか

わたしはやはり性別がないらしいとか

○○っぽいなお前とか

え、手話サークルとかかっこいいな!とか

理工学部はやっぱどこでも男ばっかとか

こういう夏の夜っていいよねとか。

話しながら花火はどんどん 終わってしまいました。

最後の線香花火が切なくて蚊に食われたこととかどーでもよくなって。

千葉が帰ろうか、と言って

公園の出口に向かって歩いていきました。

帰り道、 あとから実は二人は 諸々の理由で21歳ということが発覚しました。

諸々を忘れたけど。(笑)

と、いうか名前も聞いたけど忘れたな。

今では顔もよくわからない。

もちろん連絡先も交換とかしてないし、

最後ありがとう、といって

解散したことだけ頭に残っているのだ。

もしかしたら夢かもしれない。(笑)

そうなのかなあ。

でも確かに今私の足は蚊にさされた後が残ってて、

火薬の匂いがなんかちょっとしたから

きっとこーいうのを一期一会なんだと思った。

思ったんだよね。

実は最近、引っ越しの準備をしている時に昔使用していたデジカメが出てきて、確かこの花火の時これで写真を撮ったような、と思い出しメモリーを見ていたのだが、なんとも綺麗に2人の顔は首から上見切れていた。

花火の写真だけが2、3枚残っているだけ。

 

でもあの日公園から家に帰る時、なんだかとてつもなく切なかったことをおぼえている。

 

元気ですか?私は元気です。

やっぱり2人の名前も顔も思い出せないけど。

それでもこれはほんとうの話。

 

 

京都の少し高いバー

これはうその話なんですけど、まだ京都にいて働いていた頃私は販売業で平日がお休みだったんです。今からする話の日はお休み前の仕事終わりでまぁその日も同じく平日なんですけど私にとっては華金というやつで今日は飲みたいなぁなんて思ったところでして。ただ普通の人はふつうに明日も仕事なわけで誰もつかまらなかったんですね。でもどうしてもこのまま飲みに行かずしてまっすぐ家に帰るなんて、と湧き上がる思いを捨てきれず、結局その日の晩は普段は行かないような少しお高めのバーにひとりで行ってみることにしました。時間は7時半ごろでバーとしてはまだ早めの時間なこともあり、扉をあけてみると初老のマスターが上品な声のボリュームで挨拶をしてくれたのみでほかのお客さんは居ませんでした。

 

こじんまりとした店内の客席はカウンター席だけ、一度入ったからにはそのまま出ることは許されない雰囲気に少し緊張しましたが、ひとまず座ってメニューがないことを確認し、取り急ぎジントニックを頼みました。わたしが座った席は入って一番右奥、ダリアの花を模したライトがうすく明るく周りの酒瓶を照らしているのが綺麗でじっと見ていると、マスターが静かにグラスを置いてくれました。

 

さてひとりでバーに座るのは初体験というわけではありませんでしたが、こんなにいい雰囲気のバーは生まれて初めてだったので、なるべくこの雰囲気をこわしてしまわぬよう、慣れない空気にそのまま混ざれるわけでもないけれど音を立てるにも氷の音だけに私は徹していました。

ただ一口飲んだだけでもとても美味しいこのジントニックは、いつものペースで飲んでしまってはきっと五分ともたないけれど、財布の中身ももたないなぁなどと浅はかな考えを顔に出さぬよう思考を巡らせていた私でしたが、そんな様子に気づいてかマスターはグラスを拭きながら、失礼ですがいらしたのは今日が初めてですか?とたずねました。

ウソをつくメリットもないので素直にそうです、と伝え、もしかして場にそぐわないことをしでかしてしまったかな、ととても不安な気持ちがよぎりましたが、マスターは気にするでもなく、それではゆっくりしていってくださいね 今日はきっとお客さんあまり来ないから、と嫌味のないほほえみを浮かべてくださいました。私はなんだか照れくさくなり、ありがとうございますとだけ伝えると、先ほどあれだけ悩んでいたジントニックを次の二口目でいっぺんに飲みほしてしまったのでした。

 

元々食べ物を食べずに飲んでいたものですからいつもよりも酔いが早く回る感覚がありましたが、気持ちが悪くなるどころか、その後もマスターが絶妙なタイミングでお話してくださるので、普段のささいな悩みや希望を交えつつ自分の話をしていたかと思います。

マスターは肯定も否定もせず、頷きながら時々へぇ、だとかほぉ、とつぶやいて私の話を聞き続けてくれました。その間もいっこうに他のお客さんが来る気配はなかったのですが、丁度会話のきりがいいタイミングのときに店の電話がジリリンとなりました。昔ながらの黒電話、というよりはバーの雰囲気にぴったりとマッチした西洋風の電話機。すみません、少し失礼します、とマスターが電話を取りに奥へ行く間に、なんだかんだで飲みすぎてしまった、と自分の状態を省みつつ腕時計を見ると10時過ぎ、早い時間から長居をしてしまったなあ、と思った矢先、マスターが奥から戻ってくるのが見えました。

 

昔からよく来てくれる方が、今たまたま京都に来ているそうで、このあと寄ってくれるんだそうです。マスターの顔を見るとなんだか嬉しそうでした。そんな素敵な再会を邪魔するわけには、と思いましたが、ここに来て他のお客さんを見ずに帰るのもな、とついやじうま根性が働いてしまったのです。それでも、ひとまずお水をもらって今あるウィスキーを飲み干したら帰ろう、と決めてはいたのですが。

 

そしてマスターが私にお水を出した瞬間でした。木製の扉が開いたのです。初めての自分以外のお客さん。少し大げさですがなんだかどきどきしながら少し目線を向けると、私が扉の奥で目にしたのは、

 

紛れもなく、普段お茶の間でよく拝見するあの男性だったのです。

 

その瞬間、見てはいけないものをみてしまった、と即座に脳が判断し、座っていた丸椅子の向きを仕切り直して私は目の前の水に全集中をこめました。ただ、少し目を閉じると浮かんでくるのは馴染みのテレビ番組や、ラジオで聞いた面白い掛け合い。彼への興味と彼の尊厳を守りたい気持ちが交差し、酔っ払いながらもひとり勝手に心苦しい感情でいっぱいでした。

 

それでも左から聞こえて来るのはよく知った軽快な口調と声。やはり興味を隠しきれるはずもなく、ただ本当にこういう時は、絶対に邪魔をしてはいけないな、と決めたとき、おひとりですか?と自由に満ちあふれた彼の声が左から聞こえてきたのでした。

話しかけられた!心が爆発するような高揚を感じながら、声は平静を装います。あっはいそうです。私はちら、と目線をふってまた前を向きました。どうしよう、やはり間違いなくあの人です。

そんな彼はなんの躊躇いもなく、えっ、マスター女の子が1人なんて珍しいね、いつものあのウェーブのかかった、そうそうあの女の人とかしかさ、俺見たことなかったから、つってもまぁそんなに足繁く通わせていただいてるわけじゃないのにさ、エラそうにもいえないんだけどねえ、なんてゲラゲラと笑っていて。その空間が嘘みたいで、でも二席分空いた距離がなんだかやっぱりリアルでなんとも不思議な気持ちでした。

 

マスターは私の話を聞いていた時と同じく優しく頷いては豪快に飲む彼に、今回はお仕事で?ヘェ、やっぱりいそがしそうにしてるね身体は壊したりしてない?などとあたたかく気遣いながら、お勧めであろう酒瓶をいくつかテーブルに並べはじめます。

そういや平日なのに結構飲んでるみたいだけど明日は大丈夫なの? また彼が話しかけてくれたので、いよいよ、もう慣れるしかあるまい、と思い直し、仕事柄明日がお休みなので今日はたくさん飲もうかと。と精一杯の引きつった笑顔を見せると、彼は嬉しそうな顔でいいねえ!とちいさく叫ぶと、じゃあお勧めのこれ、よかったら一緒に飲みませんか?と今度は私が気遣れることになりました。困った目線でマスターをちらりと見ると、先と変わらぬ笑顔のままグラスをふたつ用意してくれたので、お言葉のままにご一緒させていただき、いいからいいから、と言われ彼の隣の席でお話しをさせてもらうことになりました。

そんな時も私は絶対に舞い上がってはいけない、と自分に誓い、彼のお仕事には触れないようにしながら話をしようとも思いましたが、いくつか話を進めていったとき、少しの間のあと、悔しげな顔でもしかして、俺のこと知らない?と彼に尋ねられたので、私は少し笑っていえもちろん存じています、と伝えると、あーよかった俺全然知名度ないのか、それとも本当に知らなかったら相方の写真見せるとこだったわ、絶対にしたくなかったから良かった、なんてご冗談をいうので、私は私でこの時この場所が照明の暗いところで本当によかったと心底思ったのでした。だって絶対に顔が真っ赤だったろうから。

さて何回おかわりを伝えたでしょう、腕時計を見ると12時を超えたところで、マスターは他のお客さんもこなさそうだから、そろそろこの時間で、と彼に告げました。その瞬間私は元いた席に置いた鞄を取ろうとしましたが、それより先に彼は手早くお会計を済ませ、楽しい夜をありがとう、と言ってそのままマスターと私に別れを告げて帰っていきました。まるではじめからそこに居なかったかのように。

あまりの早さで、御礼もろくに伝えていない!と焦る私にマスターは、ああいう人ですから、今外に出てももうきっと居ないです。もしかしたら夢だったかもしれませんね、と言って少しお茶目な笑みを浮かべながら、でもここの店はずっとありますから、またお待ちしてますよ、と言って扉を開けてくれました。

なんだか声にならない気持ちが喉まできていたのですが、私はただ一言ありがとう、と伝えてそのお店を後にしました。

外に出るといつものよく通る帰り道で、確かにマスターの言った通り彼の姿なんてどこにももう無く、ただぼんやりとした道路をぼんやりとした頭でとぼとぼと歩きその日は家に帰りました。

 

 

それ以来そのお店に行くことはなく私は京都を去ってしまいましたが、これだけその時の状況や場面は文章に起こすことは出来ても、そのバーの名前や、マスターの顔やあの時のあの瞬間の彼との他の会話の内容なんかはどうしたって思い出すことができないんです。

 

 

まぁ全部うその話だからなんですけど。