夏の夜初めての系統・その後

忘れないように書き残していたものを見ればそれはもう7年前のことになる。その年の夏のはじめ、朝まで遊んだ帰り道私は自転車が撤去されていることに気がつく。その時は眠すぎてまぁいいやと思い一旦家に帰りそのまま爆睡、夜はバイトの予定があったが取りに行く暇もなく(言わずもがな家を出る時間のギリギリまで寝ていた)、いつもは12時閉店1時くらいあがりのところ終バスに間に合うように、とその日は夜11時ごろにはあがらせてもらって、着替えて急いで調べた通りのバスに乗る。

初めて乗る系統のバス。

中心街から乗り込んだため時刻の割に乗客はわりと沢山、すこし狭い。ただ私は当時北の方に住んでいたので、彼らが道中どんどん降りていくことを知っている。このため今の狭さだってすぐに収まる。びくともしない。案の定、空きができ始め、私が降りるバス停まではまだ時間があるので最近買った本を鞄から出す。読みながら、バスに身体を預けようと思ったのもつかの間、車体が突如ぴたりと止まりバスの運転手さんが一言。

 

ここで終点となります。

 

開いた本をあわてて閉じる。え?どういうこと?

その瞬間ゾロゾロと降りて行く他の乗客の様子にひとまずついて行くが、頭はまだ納得いかない。それと同時に、運転手さんにこのバスは何処そこへは止まらんのかね、と訪ねるおばあちゃんの声が車内で響く。

すみませんがこの系統の終バスはこの地点までしかいかないようになってるんです。説明する運転手さん。

今思えばあるあるの京都終バスの落とし穴。それは見落としたおばあちゃんと私が悪いわなぁ。

そのままおばあちゃんが聞いていたことには、もう少し先に行くと、またお金はかかっちゃうんですけどそちらの方面のバスがまだ残ってますから、とのことでそれは偶然私も行きたかった方面だった。その当時タクシーに乗るなんて学生身分の私には想像もつかないことで、何より二度かかるバス代だって惜しいくらいだ。

仕方なくそのおばあちゃんの後につき、そのバス停に向かい表示を見る。

 

そのバス停の終バス:23時19分くらい
その表示を見た時の時間:23時27分くらい

 

こりゃあ、何が何だかわからなくなってきたぞ。そこで、ようやくその場を見渡すと、左には先のおばあちゃん、そして右にはいつからいたのか、見知らぬ大学生風の男の子2人が立っていた。

4人の気持ちはきっと、というか当たり前だが夜も遅いしとにかく早く家に帰りたい。この意見に一致していたに違いない。

そこで思わず私は双方に声をかける。もしかして帰る方向一緒じゃないですか?さっきの終バス、自分たちの行きたい場所でとまると思いましたよね?頷く3つの顔。あ、やっぱりそうですよねアハハ、結構目的地まで遠いんですけどこれからどうします?

 

そこでしびれを切らしたのがおばあちゃん、わしゃもうタクシーで帰ろうと思っとるんでよかったらみんなで乗って帰らないかと。えっいいんですかおばあちゃん、言い終わる前に彼女の手はタクシーを止めさぁ早く乗んな乗んなと私達を促す。走り出すタクシー、車内ではあんた達まだ学生だろう、お金は置いとくからお兄ちゃんこの子達を連れてってくれないかと告げるおばあちゃんの声。2度目のえっいいんですかの声も聞かず、彼女は颯爽と扉を閉めひとり先に帰路につく。

 

さて残された私と2人の大学生はどうやら全く同じバス停で降りたかったことが判明し、その場所まで一緒にタクシーで向かうことにした。

道中話したことには、2人はどうやら2回生のようで(私は当時1回生の18歳)1人は千葉から遊びに来たから名前は千葉としよう、もう1人は徳島から京都の大学に入り今はこっちでひとり暮らしをしている、こちらもそのまま名前は徳島とする。そんな千葉徳島と他愛もない話をしているうちにあっという間にタクシーは目的地へ、ちなみにお金もほとんどぴったりと足りて本当におばあちゃんありがとう、と思いながら3人はタクシーを降りる。

降りてみて、さてこの後どうしよっかなんていう関係でもない、そういえばさっき知り合ったばかりだけれど、なんだか名残惜しくなったのは私だけではない、となんだか思いたくなってしまって、夏だから、という理由で私は彼らにせっかくだから花火しませんか、と何がせっかくなのか全くわからないのだけどせっかくだから持ちかけた。

すると千葉ボーイは適当な身振りでおっいいねぇ、なんて言うから徳島ボーイはえっ、マジかよと驚いて言い、気がついたら私達は近くの大きな公園で花火の袋をガサゴソとあけていた。

 

花火をしながら話したことなどを当時の私はこのように綴っています。

 

ちなみに花火は千葉が買ってくれました。

千葉と徳島は幼稚園からの幼なじみだとか

わたしはやはり性別がないらしいとか

○○っぽいなお前とか

え、手話サークルとかかっこいいな!とか

理工学部はやっぱどこでも男ばっかとか

こういう夏の夜っていいよねとか。

話しながら花火はどんどん 終わってしまいました。

最後の線香花火が切なくて蚊に食われたこととかどーでもよくなって。

千葉が帰ろうか、と言って

公園の出口に向かって歩いていきました。

帰り道、 あとから実は二人は 諸々の理由で21歳ということが発覚しました。

諸々を忘れたけど。(笑)

と、いうか名前も聞いたけど忘れたな。

今では顔もよくわからない。

もちろん連絡先も交換とかしてないし、

最後ありがとう、といって

解散したことだけ頭に残っているのだ。

もしかしたら夢かもしれない。(笑)

そうなのかなあ。

でも確かに今私の足は蚊にさされた後が残ってて、

火薬の匂いがなんかちょっとしたから

きっとこーいうのを一期一会なんだと思った。

思ったんだよね。

実は最近、引っ越しの準備をしている時に昔使用していたデジカメが出てきて、確かこの花火の時これで写真を撮ったような、と思い出しメモリーを見ていたのだが、なんとも綺麗に2人の顔は首から上見切れていた。

花火の写真だけが2、3枚残っているだけ。

 

でもあの日公園から家に帰る時、なんだかとてつもなく切なかったことをおぼえている。

 

元気ですか?私は元気です。

やっぱり2人の名前も顔も思い出せないけど。

それでもこれはほんとうの話。

 

 

京都の少し高いバー

これはうその話なんですけど、まだ京都にいて働いていた頃私は販売業で平日がお休みだったんです。今からする話の日はお休み前の仕事終わりでまぁその日も同じく平日なんですけど私にとっては華金というやつで今日は飲みたいなぁなんて思ったところでして。ただ普通の人はふつうに明日も仕事なわけで誰もつかまらなかったんですね。でもどうしてもこのまま飲みに行かずしてまっすぐ家に帰るなんて、と湧き上がる思いを捨てきれず、結局その日の晩は普段は行かないような少しお高めのバーにひとりで行ってみることにしました。時間は7時半ごろでバーとしてはまだ早めの時間なこともあり、扉をあけてみると初老のマスターが上品な声のボリュームで挨拶をしてくれたのみでほかのお客さんは居ませんでした。

 

こじんまりとした店内の客席はカウンター席だけ、一度入ったからにはそのまま出ることは許されない雰囲気に少し緊張しましたが、ひとまず座ってメニューがないことを確認し、取り急ぎジントニックを頼みました。わたしが座った席は入って一番右奥、ダリアの花を模したライトがうすく明るく周りの酒瓶を照らしているのが綺麗でじっと見ていると、マスターが静かにグラスを置いてくれました。

 

さてひとりでバーに座るのは初体験というわけではありませんでしたが、こんなにいい雰囲気のバーは生まれて初めてだったので、なるべくこの雰囲気をこわしてしまわぬよう、慣れない空気にそのまま混ざれるわけでもないけれど音を立てるにも氷の音だけに私は徹していました。

ただ一口飲んだだけでもとても美味しいこのジントニックは、いつものペースで飲んでしまってはきっと五分ともたないけれど、財布の中身ももたないなぁなどと浅はかな考えを顔に出さぬよう思考を巡らせていた私でしたが、そんな様子に気づいてかマスターはグラスを拭きながら、失礼ですがいらしたのは今日が初めてですか?とたずねました。

ウソをつくメリットもないので素直にそうです、と伝え、もしかして場にそぐわないことをしでかしてしまったかな、ととても不安な気持ちがよぎりましたが、マスターは気にするでもなく、それではゆっくりしていってくださいね 今日はきっとお客さんあまり来ないから、と嫌味のないほほえみを浮かべてくださいました。私はなんだか照れくさくなり、ありがとうございますとだけ伝えると、先ほどあれだけ悩んでいたジントニックを次の二口目でいっぺんに飲みほしてしまったのでした。

 

元々食べ物を食べずに飲んでいたものですからいつもよりも酔いが早く回る感覚がありましたが、気持ちが悪くなるどころか、その後もマスターが絶妙なタイミングでお話してくださるので、普段のささいな悩みや希望を交えつつ自分の話をしていたかと思います。

マスターは肯定も否定もせず、頷きながら時々へぇ、だとかほぉ、とつぶやいて私の話を聞き続けてくれました。その間もいっこうに他のお客さんが来る気配はなかったのですが、丁度会話のきりがいいタイミングのときに店の電話がジリリンとなりました。昔ながらの黒電話、というよりはバーの雰囲気にぴったりとマッチした西洋風の電話機。すみません、少し失礼します、とマスターが電話を取りに奥へ行く間に、なんだかんだで飲みすぎてしまった、と自分の状態を省みつつ腕時計を見ると10時過ぎ、早い時間から長居をしてしまったなあ、と思った矢先、マスターが奥から戻ってくるのが見えました。

 

昔からよく来てくれる方が、今たまたま京都に来ているそうで、このあと寄ってくれるんだそうです。マスターの顔を見るとなんだか嬉しそうでした。そんな素敵な再会を邪魔するわけには、と思いましたが、ここに来て他のお客さんを見ずに帰るのもな、とついやじうま根性が働いてしまったのです。それでも、ひとまずお水をもらって今あるウィスキーを飲み干したら帰ろう、と決めてはいたのですが。

 

そしてマスターが私にお水を出した瞬間でした。木製の扉が開いたのです。初めての自分以外のお客さん。少し大げさですがなんだかどきどきしながら少し目線を向けると、私が扉の奥で目にしたのは、

 

紛れもなく、普段お茶の間でよく拝見するあの男性だったのです。

 

その瞬間、見てはいけないものをみてしまった、と即座に脳が判断し、座っていた丸椅子の向きを仕切り直して私は目の前の水に全集中をこめました。ただ、少し目を閉じると浮かんでくるのは馴染みのテレビ番組や、ラジオで聞いた面白い掛け合い。彼への興味と彼の尊厳を守りたい気持ちが交差し、酔っ払いながらもひとり勝手に心苦しい感情でいっぱいでした。

 

それでも左から聞こえて来るのはよく知った軽快な口調と声。やはり興味を隠しきれるはずもなく、ただ本当にこういう時は、絶対に邪魔をしてはいけないな、と決めたとき、おひとりですか?と自由に満ちあふれた彼の声が左から聞こえてきたのでした。

話しかけられた!心が爆発するような高揚を感じながら、声は平静を装います。あっはいそうです。私はちら、と目線をふってまた前を向きました。どうしよう、やはり間違いなくあの人です。

そんな彼はなんの躊躇いもなく、えっ、マスター女の子が1人なんて珍しいね、いつものあのウェーブのかかった、そうそうあの女の人とかしかさ、俺見たことなかったから、つってもまぁそんなに足繁く通わせていただいてるわけじゃないのにさ、エラそうにもいえないんだけどねえ、なんてゲラゲラと笑っていて。その空間が嘘みたいで、でも二席分空いた距離がなんだかやっぱりリアルでなんとも不思議な気持ちでした。

 

マスターは私の話を聞いていた時と同じく優しく頷いては豪快に飲む彼に、今回はお仕事で?ヘェ、やっぱりいそがしそうにしてるね身体は壊したりしてない?などとあたたかく気遣いながら、お勧めであろう酒瓶をいくつかテーブルに並べはじめます。

そういや平日なのに結構飲んでるみたいだけど明日は大丈夫なの? また彼が話しかけてくれたので、いよいよ、もう慣れるしかあるまい、と思い直し、仕事柄明日がお休みなので今日はたくさん飲もうかと。と精一杯の引きつった笑顔を見せると、彼は嬉しそうな顔でいいねえ!とちいさく叫ぶと、じゃあお勧めのこれ、よかったら一緒に飲みませんか?と今度は私が気遣れることになりました。困った目線でマスターをちらりと見ると、先と変わらぬ笑顔のままグラスをふたつ用意してくれたので、お言葉のままにご一緒させていただき、いいからいいから、と言われ彼の隣の席でお話しをさせてもらうことになりました。

そんな時も私は絶対に舞い上がってはいけない、と自分に誓い、彼のお仕事には触れないようにしながら話をしようとも思いましたが、いくつか話を進めていったとき、少しの間のあと、悔しげな顔でもしかして、俺のこと知らない?と彼に尋ねられたので、私は少し笑っていえもちろん存じています、と伝えると、あーよかった俺全然知名度ないのか、それとも本当に知らなかったら相方の写真見せるとこだったわ、絶対にしたくなかったから良かった、なんてご冗談をいうので、私は私でこの時この場所が照明の暗いところで本当によかったと心底思ったのでした。だって絶対に顔が真っ赤だったろうから。

さて何回おかわりを伝えたでしょう、腕時計を見ると12時を超えたところで、マスターは他のお客さんもこなさそうだから、そろそろこの時間で、と彼に告げました。その瞬間私は元いた席に置いた鞄を取ろうとしましたが、それより先に彼は手早くお会計を済ませ、楽しい夜をありがとう、と言ってそのままマスターと私に別れを告げて帰っていきました。まるではじめからそこに居なかったかのように。

あまりの早さで、御礼もろくに伝えていない!と焦る私にマスターは、ああいう人ですから、今外に出てももうきっと居ないです。もしかしたら夢だったかもしれませんね、と言って少しお茶目な笑みを浮かべながら、でもここの店はずっとありますから、またお待ちしてますよ、と言って扉を開けてくれました。

なんだか声にならない気持ちが喉まできていたのですが、私はただ一言ありがとう、と伝えてそのお店を後にしました。

外に出るといつものよく通る帰り道で、確かにマスターの言った通り彼の姿なんてどこにももう無く、ただぼんやりとした道路をぼんやりとした頭でとぼとぼと歩きその日は家に帰りました。

 

 

それ以来そのお店に行くことはなく私は京都を去ってしまいましたが、これだけその時の状況や場面は文章に起こすことは出来ても、そのバーの名前や、マスターの顔やあの時のあの瞬間の彼との他の会話の内容なんかはどうしたって思い出すことができないんです。

 

 

まぁ全部うその話だからなんですけど。